記念講演会「新しい社会を創る大学」

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自ら考え能力磨く教育

筑波大学 特命教授 金子 元久氏
筑波大学 特命教授
金子 元久氏

「質的転換」期へ

戦後の高等教育は、経済成長を背景とした教育機会の拡大による「大衆化」、4年制大学・短期大学・専門学校を合わせた就学率が7割を超える「ユニバーサル化」という二つの周期を終えたところです。次の周期に何が起きるかというのは非常に大きな問題で、私は「質的転換」の時代を迎えると考えます。

大切な自律的学習

現在の大学教育の最大の問題点は、密度の薄さです。私たちの行った全国調査では、1日平均8.2時間の活動時間のうち、授業や実験が2.9時間、アルバイトやサークルが2・7時間を占めています。授業には出ても、それ以外の自立的学習の時間は1.7時間しかありません。大学設置基準が授業の予習・復習等に5.2時間を要求しているのに対し、実態は全く足りていないのです。さらにアメリカと比べると、授業関連の自律的学習が週に5時間以下の学生は、アメリカの2割に対し、日本は6割です。

このような状況で、グローバル化が進む中、他国の学生と対等に競争できるのでしょうか。偏差値の高い大学でも同じ傾向にあることも非常に深刻です。また、自分のやりたいことに大学教育がマッチしていないと感じる学生が多く、大学教育が学生の成長に寄与していると言えないのも大きな問題です。

社会の変化に対応

1960年代、若者にとって将来は見通しやすいものでした。大企業のサラリーマンになるというわかりやすい目標があったからです。現在では、大卒の雇用形態は多様化し、卒業者の半数近くが流動的なキャリアを積んでいます。産業構造も変化し、21世紀に入ってからは製造業・商業・金融業に代わって、幅広い内容を持つサービス業が急速に増加しました。こうした社会や経済の変化を背景に、大学教育は、学習の実質化、教育の質保証・効率化などの質的転換が求められています。

大学教育と仕事を結びつけるには、重層的な能力の形成が必要です。専門知識や職業知識の学習を通じて、論理的能力・コミュニケーション力などのコンピテンスを育成し、自己認識や意欲を高める。そのためには講義で知識を伝達するだけではなく、学生が自分自身で考え、身につけるというプロセスがなければいけません。教育の質を変化させ、学生を自律的な学習に導くことが大切なのです。

参加型授業に効果

そのためには、授業の改革が必要です。現状では、「出席を重視する」「小テストやレポート等の課題が出される」などの管理・統制型授業は広く行われています。「興味が湧くよう工夫されている」「理解しやすいよう工夫されている」「TA(ティーチング・アシスタント)等による補助的な指導がある」という誘導型の授業もある程度進んできました。まだ不十分なのが、「グループワーク」「授業中に意見を述べる」「適切なコメントが付されて提出物が返却される」などの参加型授業です。誘導型・参加型の授業は自律的学習時間を増やすというデータがあり、特に参加型授業、中でも提出物にコメントがつくことは非常に効果があるという結果が複数の調査で明らかになっています。

大学がIR機能を持つことも、教育改革を進める上で重要です。教育理念をカリキュラムに結びつけ、授業を通して学生に伝え、学生がそこでどう学習しているか、結果としてどのように学生が成長し、知識を獲得しているかを把握し、フィードバックするというプロセスが求められています。

大学の個性を実現

18歳人口は2020年からの10年間で1割減ります。大学の淘汰が話題になっていますが、就学率は変化する可能性があるため、重要なのは個々の大学がどのように変化できるかということです。大学の個性をどのように実現するかという戦略を立て、それを教育プログラムに反映させます。基本的な学術的知識・技能の習得、職業への準備、人格的成長という三つの要素を、「とがった」発想も交えて受験生や社会に示し、反応や結果によって恒常的に修正することが必要です。この過程に、学長や理事会だけでなく、個々の教員たちが参加することが、大学を変化させる重要なカギとなるのです。

読売新聞2016.12.25(日)朝刊掲載記事