教員コラム

医薬品と化学:化学構造の意味を探る

薬学部 医薬品化学講座 教授 前﨑直容

医薬品は人類の健康維持に多大な貢献をしてきました。私たちはコロナ禍を経験し、病気が暮らしを一変させることを目の当たりにし、治療薬の必要性を痛感したと思います。今では簡単に手に入るお薬ですが、お薬は、人類が長い時間をかけて蓄積してきた財産です。何百年も昔に開発されたお薬が、今でも私たちの豊かな生活を支えているのは、なんて凄いことでしょうか。

私たちの生活になくてはならないお薬は、「くさかんむり」に楽と書くように、元々植物などの自然にあるものを用いていました。やがて、その薬効が植物などに含まれる成分によるものであることが明らかにされると、その化学構造をヒントにして様々な医薬品が開発されてゆきました。天然物のユニークで、バラエティーに富んだ化学構造は、今でも人類に新しい医薬品のヒントを与え続けています。

分析技術が進歩し、お薬が作用する仕組みが分子レベルである程度分かるようになると、天然物の化学構造が薬理作用発現のために、理にかなった形をしていることが分かってきました。中には神の御業かと思うような、人類が舌を巻く巧妙な仕組みをもつものも発見され、多くの研究者の好奇心を掻き立てています。

本講座では、ユニークな化学構造をもつ生理活性天然物に焦点をあて、その合成法を開発するとともに、その構造を部分的に変換した非天然型のアナログ分子を合成することで、天然物の化学構造が生物活性にどのような意味をもつのかを明らかにしようとしています。

最近取り組んでいるのは、シアノバクテリア(藍藻)が生み出す生理活性ペプチドの合成研究です。シアノバクテリアは、酸素発生型光合成を行う生物で、地球上の酸素の供給に関わったと考えられています。このシアノバクテリアが産生するペプチド類は、複数の環構造がペプチド結合で結ばれたネックレスの様な構造をもつ天然物で、まるでデザインを競うかのように、多種多様なペプチドが産生されます。

その中にデンドロアミドAという天然物があり、多剤耐性がんに有効な作用をもつことから注目を集めています。がん細胞は、抗がん剤から身を守るために、抗がん薬剤を細胞外に排出するための輸送ポンプを数多く発現する性質があり、多剤耐性の原因と考えられています。P糖タンパク質(P-gp)とよばれるこの輸送ポンプは、薬物を捕獲すると、まるで機械のように外側が開いて薬剤を細胞外へ放出します。先ほどのネックレス分子は、このがん細胞の分子マシンの中に結合し、その防御機構を停止させて、抗がん剤の効果を回復させる作用があります。



私たちは天然からは得られない人工ネックレスペプチドを合成し、構造変化が阻害作用をどのように変化させるかを調べた結果、複素環の向きが強い活性に必要であることを明らかにしました。現在、さらに多様な天然物や、その誘導体合成に応用可能な合成法の開発を行っています。

長年、合成研究に携わってきましたが、研究にはパズルを解くような面白さがあり、効率よく目的物が得られる合成法を求めて試行錯誤する中で、予想通りの結果が得られたときや、思いがけない結果に出会ったときに、学生さんたちと喜びを共にするのが研究の醍醐味だと思います。