教員コラム

「佐竹本三十六歌仙絵」を観に行こう

教育学部 教育学科 学校教育専攻 教授 笹川博司

この秋、「切断」から100年―奇跡の再会 ということで、京都国立博物館では「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展が開催されている。

藤原公任の秀歌撰『三十六人撰』に選ばれた三十六人の優れた歌人は「三十六歌仙」と呼ばれ、さまざまな歌仙絵が鎌倉時代以降描かれた。佐竹本とは、旧秋田藩主・佐竹侯爵家に伝わったもので、他の歌仙絵や同時代の肖像画に比べ、群を抜いて素晴らしい。大正時代、売りに出されたが余りに高価なため買い手がつかず、海外への流出が危ぶまれた。そこで考えられたのが、二巻の絵巻物だった佐竹本を、一歌仙ずつに「切断」することだった。

大正8年(1919)東京・品川区の御殿山にあった鈍翁(益田孝)の邸宅「応挙館」(その後、東京国立博物館に寄贈)に購入希望者が一堂に会し、住吉大明神図を加えて37枚に分割された歌仙絵の購入先が、くじ引きによって決められた。それから100年。戦争、高度経済成長、バブル崩壊など激動の歴史のなかで、それぞれの佐竹本は所収者が変わっていく。「流転100年」と題される所以である。

さて、本学図書館も「三十六歌仙絵巻」が貴重書として蔵している(以下「絵巻」)。私自身も「三十六歌仙絵短冊」を架蔵している(以下「短冊」)。それぞれの歌人の描かれ方は同じなのか、それとも違うのか、この機会にさまざまな歌仙絵を観て比べてみるのも面白いと思う。



例えば、小野小町はどうか。

美人の代表として伝説化する小町の美貌が描かれているのか。それとも、美貌の衰えが描かれているのか。

絵巻・短冊は、紅袴を佩き、半ば開いた檜扇を左手に下げて持ち、顔も俯き加減にその扇面を眺める右斜め前からの姿。髪の下がり端も見える。

歌仙絵には、和歌一首が掲げられる。

小町の場合は『古今和歌集』恋五の「色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける」(797)。和歌に合わせて、絵巻の表着は花七宝、短冊の唐衣の文様は桜川。

佐竹本では、どのような小町像が描かれているのだろうか?

是非、この秋、京都国立博物館まで出かけて確認してみてほしい。



もう一例、不思議な絵を紹介しよう。斎宮女御徽子の歌仙絵である。

徽子は、『尊卑分脈』によると、醍醐天皇皇子重明親王女。『日本紀略』によると、承平6年(936)9月12日8歳で伊勢斎宮に卜定。天慶元年(938)9月15日10歳で伊勢参向、同8年(945)正月18日の母(分脈によって藤原忠平女、河海抄所引李部王記により寛子40歳と知られる)の喪に依り8月13日退出。『一代要記』によれば、天暦2年(948)20歳で入内、同3年4月7日女御。康保4年(967)5月25日村上天皇崩御、円融朝の斎宮に卜定された娘規子内親王が貞元2年(977)9月16日伊勢に参向するのに同行、永観2年(984)8月譲位によって娘規子内親王と共に帰京。『大鏡』裏書によれば、寛和元年(985)57歳で薨去。和歌に優れ、音楽に長じた。『拾遺和歌集』以下の勅撰集に45首入集。『源氏物語』の登場人物の一人、六条御息所のモデルかとされる歌人である。

歌仙絵に掲げられる一首としては、多くの場合、『拾遺和歌集』雑上に入集する、

  野の宮に斎宮の庚申し侍りけるに、

  松風入夜琴といふ題をよみ侍りける

「琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ」(451)

である。斎宮女御徽子の娘規子内親王が伊勢斎宮に卜定され、貞元元年(976)9月21日、野宮に入った(日本紀略)。その野宮で初冬10月27日「かのえさる」の夜眠らずに、李嶠百詠の詩句を歌題として歌を詠んだこととが西本願寺本『順集』164詞書によって知られる。腰の句の「かよふ」は入りまじる。「らし」は根拠のある推定だが、根拠が示されていない。本来は、『拾遺抄』518などの本文「かよふなり」だった可能性も高い。定家が『拾遺和歌集』を尊重したことで「らし」で享受されていく。「を」は「尾」(尾根)と「緒」(弦)の掛詞。「調ぶ」は奏でる。

さて、絵巻・短冊では、几帳の陰から顔を横向けて半分出す姿で描かれている。斎宮女御は、いったい何をしているのだろう?

几帳は、通常、四尺の几帳は五幅で、三尺の几帳は四幅だが、幅広の織物で三幅の美麗なもので、幅筋として垂れている紐の幅も広い。女御は、紺地の繁菱文様の単衣に袿姿。

佐竹本では、いったい、どんな斎宮女御が描かれているのであろうか?

残念ながら今回の展示には、所有者の了解が得られず斎宮女御像の出品が予定されていない。興味のある方は、本学図書館別館2層に配架されている『佐竹本三十六歌仙絵巻』(美術公論社)で確認してみるとよい。さらに詳しく知りたい方は、久下裕利「絵画の中の〈泣く〉しぐさ考―佐竹本三十六歌仙絵と国宝源氏物語絵巻を中心に―」『物語絵・歌仙絵を考える―変容の軌跡』(武蔵野書院・2011年)を手に取れば、佐竹本の斎宮女御の姿が掲載され、詳細な論究があるので、参照してほしい。



京都国立博物館の「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展の会期は、10月12日(土)から11月24日(日)まで。歌仙絵の現物を観て、その美しさを堪能してほしい。11月1日(金)のキャンパスメンバーズ向け講演会も申し込んで参加すると面白い話が聴けると思う。