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人間社会学科発「ある臨床心理士からのミニ情報」22

2018/08/10

 22回:同じ立場の人間?

 仮に次のような主張をされる人がいるとしましょう。
「先生、私はうつ病の経験があります。だから、同じ悩みで苦しんでいる人の気持ちがよくわかります。ですから、心理専門家に向いていると思います。」

 このように主張されると、「ちょっとおまちください」と思わず言いたくなってしまいます。これは「いじめ」でも「不登校」でも、例としては何でもいいのですが、同じ立場の人の気持ちがよくわかる(と思ってしまう)ことには注意が必要です。結論からいえば、人間、他者の気持ちをわかった気にはなれますが、本当に分かっているかどうかを判別する正確な方法は存在しません。たしかに、ある経験はその人にとっての人生の糧といえるかもしれません。

 しかし、心理専門職は、多様な問題を扱いますから、そのすべてを一人の人間が体験すること自体が不可能です。つまり、うつ病だけでなく、パニック障害や社交不安障害、摂食障害、PTSDなどのあらゆる精神疾患に罹患し、アルコールおよび薬物依存症やギャンブル依存症なども体験し、いじめや不登校、DV、出社拒否、離婚などの人生エピソードもすべて有する人物しか心理専門家になれないとしたら、現実的にはありえないといえます。そして、仕事とするからには職業についている時点で、それらのすべての問題は改善・解決している必要がありますから、いかに不可能であるかもわかると思われます。

 同じ会社内での人間関係トラブル(ハラスメントでも過剰なノルマでもいいのですが)といっても、いつどこでどういう状況で誰との関わりでなどなど、要因はかなり多様です。不登校を経験したといっても、その時期やきっかけ、どれくらいの期間、その状態が維持されてきたか、改善の道筋などをいろいろ考慮していくと、個人の経験が目の前で同じ不登校で悩んでいる人と同一の体験であるとは言えないのです。それらの体験を有している人が、同じ問題で苦しんでおられる方の相談にのってはいけないという原則はないのですが、あくまで自分と他者の境遇は同じでなく、感じていることも考えていることも同一ではないという慎重な態度が必要です。あまりにも特定の立場の人間に思い入れが強すぎると、他の立場の人の意見や助言に寛容でなくなる危険性も有ります。

 「他者の気持ちを本当に理解することはできない」との謙虚な態度が、結果的に真摯に相手の話に傾聴できることにもつながります。
(人間社会学科教員:小西 宏幸)

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