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人間社会学科発 「ある臨床心理士からのミニ情報」9

2014/08/08

第9回:問題が生じると原因を探す人間

  心理的な問題に限りませんが、人間は何かうまく対人関係がいかなかったりすると、問題が起こった原因を探したがります。この背景には原因を明らかにすれば、その解決方法もわかるはずだという期待もあるのではないでしょうか?もちろん、原因究明とその解決によって、クリアできる問題はあります。しかし、心理的な相談のなかには、原因究明が不可能なこともあります。また、それが原因だと思っていてもその真偽が証明できない場合もあります。さらに、原因がわからないままでも解決方法が見つかってしまうこともあります。

 1つのヒントになる現象は、写真にあるような、最近では高校の教科書にも登場することのある「ルビンの盃(壺といわれることもあります)」です。「盃(壺)」にも「向かい合った2人の横顔」にも見える有名な図です。基本的には盃が対象として見える(つまり、図)時は、人の横顔は「背景(地)になりますので、ほとんど意識されません。反対に、人の横顔(図)が見える時は、盃が「背景(地)」になりますので見えにくくなります。なかには両方が同時に見えますと主張される方もいらっしゃいますが、本当に同時に見えている場合もありますが、自覚はないものの、「図」と「地」を交互にスイッチする時間が早すぎて、同時に見えていると思ってしまう場合もあります。

 さて、仮に問題を「図」としましょう。すると、必ず、問題を自覚するためには、問題ではない部分、つまり、「地」が必要になります。例えば、「今まで一度もおいしい料理を食べたことがない」という人は、「比較的おいしい料理」や「まずくない料理」を食べたことがあると考えられます。ずっと同じように最悪の味の料理ばかり食べていると、それが標準ですから、何がおいしくて、何がまずいという判断さえできないのです。ですから、「ずっと不幸だ」という人には、不幸でなかった時や不幸レベルがマシな時、あるいは、幸せだった時をイメージしてもらって、その時、何をしていたか、どういう環境だったかを追求すると、問題でない時、知らず知らずに用いていた対処法が発見することによって、今の問題解決に応用できることがあります。もちろん、見つからない時や見つかっても現在では実行不可能な時は、また違う方法を試すのですが、機会があれば、お伝えしたいと思います。
                                                                                    (人間社会学科教員:小西 宏幸)

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