沿革

大谷の流れ果てなく

1909年 左藤了秀、難波別院内に大谷裁縫女学校を設立
1911年 大谷女学校と改称
1930年 大谷女子専門学校(国文科・技芸科)を阿倍野区共立通に設立
1931年 大谷女学校を阿倍野区共立通に移転
家政科増設(但し、1944年~1945年 保健科と改称)
1938年 国文科廃止
1944年 数学科増設(1948年まで存続)
1946年 技芸科を被服科と改称
1948年 英語科増設
学制改革により、大谷高等女学校は大谷高等学校・大谷中学校に、東大谷高等女学校は東大谷高等学校・東大谷中学校になる
1950年 大谷女子専門学校、学制改革により大谷女子短期大学(家政科・被服科・英語科)となる
1966年 大谷女子大学文学部(国文学科・英文学科)を大阪府富田林市錦織に開学
1969年 大谷幼稚園を富田林市寺池台に開園
家政科・被服科・英語科を家政学科・被服学科・英語英文学科と改称
1970年 文学部に幼児教育学科を増設
1973年 図書館竣工
1975年 大学院文学研究科(国語学国文学専攻、英語学英米文学専攻)の修士課程を設置
1978年 大学院文学研究科(国語学国文学専攻、英語学英米文学専攻)の博士課程を設置
1983年 大谷女子短期大学を富田林市錦織へキャンパス移転
1989年 志学館竣工
被服学科を生活文化学科と改称
1992年 国際文化学科を増設
1995年 新音楽館竣工
1997年 ウエルネスセンター竣工
1999年 博物館竣工(大谷学園90周年記念施設)
2000年 文学部に文化財学科とコミュニティ関係学科を増設
国文学科を日本語日本文学科に、英文学科を英語英米文学科に、幼児教育学科を教育福祉学科にそれぞれ改称
2001年 家政学科を生活科学科、英語英文学科を海外コミュニケーション学科と改称
国際文化学科を募集停止
2004年 文学部教育福祉学科を、教育福祉学部教育福祉学科へ改組
大学院文学研究科に文化財学専攻の修士課程・博士課程を増設
2005年 人間社会学部人間社会学科を設置
英語英米文学科を英米語学科に改称
教育福祉専攻科を設置
大谷女子短期大学を大谷女子大学短期大学部と改称
生活科学科・生活文化学科・海外コミュニケーション学科を生活創造学科に改組
2006年 男女共学制に移行し、大阪大谷大学、大阪大谷大学短期大学部に改称
薬学部薬学科を設置
2009年 大谷学園創立100周年
2012年 人間社会学部スポーツ健康学科を設置
教育福祉学部教育福祉学科を教育学部教育学科に改称
文学部英米語学科を募集停止
生活創造学科を募集停止
2014年 文学部文化財学科を文学部歴史文化学科に改称
大阪大谷大学ハルカスキャンパスを開設
2016年 大阪大谷大学創立50周年
教育福祉専攻科を教育専攻科に改称
2018年 大学院文学研究科の文化財学専攻を歴史文化学専攻に改称
2019年 大学院薬学研究科(薬学専攻)博士課程を設置