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関西城郭サミット2017 in 烏帽子形城「戦国末期の山城を考える」が開催されました。12/10(日)

2017/12/14

12月10日にノバティホール(河内長野市駅前市民ホール)にて、関西城郭サミット2017 in 烏帽子形城戦国末期の山城を考える」(主催:NPO法人文化遺産保存ネットワーク河内長野/後援:大阪大谷大学ほか)が開催されました。

国指定史跡である烏帽子形城(河内長野市)の歴史的価値を広く知ってもらおうというこの企画。本学も地域貢献の一環として、毎年後援させていただいています。

当日は、多くの聴衆にお集まりいただきました。

今回は、近畿地方における山城の発展過程のなかに烏帽子形城を位置づけるという試みのもと、以下の3本の講演が用意されました。

福島克彦氏(城郭談話会会員)

「山城・丹波 戦国期山城の展開」

最初に講演をしたのは、京都府下の山城に詳しい福島先生です。

多くの図面を用いて、「畝状空堀」や「横堀」の分布状況など、丹波・山城の各地域における城郭の特徴を説明されました。

中西裕樹氏(高槻市立しろあと歴史館館長)

「戦国時代末期 摂河泉と城郭」

次に登壇された中西先生は、大阪府下における城郭研究の第一人者です。

摂津・河内・和泉における城郭の立地を踏まえたうえで、拠点城郭へと収斂されていく流れについて論じられました。

金松誠氏(三木市教育委員会)

「戦国時代末期における大和の城郭」

最後の金松先生は、奈良県下の城郭に造詣の深い方です。

松永久秀の進出によって、大和に「畝状空堀」や「横堀」などが展開したという見解を示されました。

講演ののちは、「戦国末期の山城を考える」と題した座談会です。

本学の馬部隆弘講師が司会をつとめました。

昨年の座談会では、今みる烏帽子形城が豊臣初期に修築されたことを互いに確認し、共通認識としました。

今回は、豊臣期に築城されながらも、豊臣流の技術を用いておらず、近畿地方で培われてきた技術で築城されていることを確認しました。

その意味については、いろいろと意見が交わされましたが、結論は来年へと持ち越しです。

何でも早急な結果を求められる世知辛い世の中ですが、歴史学はタイムマシンでもない限り100%の正解を出せる学問ではありません。このような企画を継続して、史跡の歴史的価値を市民の方々と一緒に考えるということも、とても大事なことだと思います。

(文責:B)

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